2007年01月13日

「有難う(ありがとう)」

ki207a.jpgきーさんはのぅ、何時も日本語の素晴らしさを感じとるんじゃが、その中でも「有難うございます」いう言葉の響きには特に注目しとるんよ。

英語の「Thank you very mcuh」たぁ、ちょっと意味合いが違う思うんよ。何かのぅ、ぶち(大変)意味が深い気がするんじゃ。

作家の藤本義一氏はのぅ、「ありがとう」の語源に付いて、同氏の師にあたる川島雄三氏から次にように教えられたんじゃ言うんよ。

「在り得べきところにない言葉が在る事」だと。「これは、はじめからアリガトウという言葉を期待して絶対に仕事をしてはいけないという意味である。それよりも力を尽くして仕事に挑めば、自然に開いてからアリガトウの言葉が届くということだ」と、藤本氏は雑誌『遊歩人』の中で話されとったでぇ。

 

 

ほいで、きーさんも、ちょっと「ありがとう」の語源を調べてみたんじゃ。ネット上じゃぁ、次にように言うとったわ。

『ありがとうの語源は、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く(ありがたく)」がウ音便化し、ありがとうとなった。

「有り難し(ありがたし)」は、「有る(ある)こと」が「難い(かたい)」という意味で、本来は「滅多にない」や「珍しくて貴重だ」という意味を表した。

中世になり、仏の慈悲など、貴重で得難いものを自分は得ているというところから、宗教的な感謝の気持ちをいうようになり、近世以降、感謝の意味として一般にも広がった。』


このことから考えるとのぅ、「有難うございます」いぅんは、「滅多にないこと」「在り得んこと」をしてもろうて、言葉に出来んほど感謝しとる言うことを表わしとるんよのぅ。

意味が深いんよ。口先で「ありがとうございます」いぅて済まされるようなことじゃないんよのぅ、ほんまのところは・・・。

色んな文章を見るとのぅ、「有難う」のことを「ありがとう」とか「アリガトウ」と表現しとるのを、よう見るがのぅ、心から感謝しとる場合にゃぁ、「有難う」じゃないといけん思うわ。

きーさんが思うにゃぁ、この世の中で、「有難うございます」と言わにゃぁいけんこと言ぅたら、「今、ここに生かされとる言うことに対して」じゃ思うんよ。

よう(良く)考えてみいや、あんたは自分勝手に生きとるんか?息が出来とるんは誰のお陰なんじゃ。夜寝て、明日の朝目覚める保証はあるんか?今日一日、無事でおられる言ぅ確証はあるんか?

実は何の保証も無いんじゃろぅ。ほいじゃが今まで生きて来られとるんよのぅ。どうじゃぁ、こりゃぁ「有り得ん」ことが起こっとるんじゃないんかのぅ?

毎日、生きとる言うことは、「有り得ん」ことの連続の中におることじゃないんかのぅ。言うたら「奇跡」の中におる言うても過言じゃないんでぇ。

こう考えたらのぅ、今、今、今、この瞬間、瞬間、生きとること、生かされとることに「有難うございます」言ぅて、心から感謝を続けて行かにゃぁいけん思うわ、きーさんは。

 

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posted by きーさん at 08:51| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
全く、その通りですね。

有り難うございます。
Posted by 赤い宇宙の地球 at 2007年01月13日 11:17
おっしゃる通りです。
今この言葉が注目されることは
偶然ではないのでしょう。

ありがとうございます。
Posted by angel at 2007年01月14日 22:17
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